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2005.05.31

インド旅行記24「ヴァラナシ散策」

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ガンガー沐浴を見学したあと、ガイドさんに連れられてちょっとだけガート近くを散策しました。

このへんは、薄暗くて迷路のようになっています。野生の牛は住みついているし、なんだかよくわからない汚物も散乱してるし、とてもひとりでは歩く自信はないです。それでも、これぞインドという雰囲気があって、散策した価値はありました。

散策のゴールは、ヴィシュワナート寺院(ゴールデンテンプル)。1トン近くの純金がつかわれているヒンドゥ教の寺院です。なにやらえらく警戒が厳しいお寺です。銃を持った警備の人がいて、カメラはもちろん持ち込み禁止、金属探知器(空港にあるあのゲートです)を通らなきゃいけない、電卓まで持ち込み禁止。これは純金でできているからというよりは、宗教上のテロを警戒してのことだそうです。世界中どこにでも宗教の対立はあるんだなあ。それだけのチェックを受けて中に入ったんですけど、ほとんど見所ナシ。

ヴァラナシは一番インドっぽい雰囲気がありそうなので、もっといろいろと散策したかったのですが、スケジュール上ほとんど時間が取れなくて、散策はここで終了。
う〜ん、残念。

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2005.05.30

インド旅行記23「ガンガー沐浴」

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インド旅行5日目は、ヴァラナシ(ベナレス)。早朝のガンガー(ガンジス川)での沐浴見学です。

ヴァラナシは、ヒンドゥ教徒にとっては最も重要な聖地です。ガンガーで沐浴するために、インド中から年間100万人もの人が集まるそうです。なぜか日本人もけっこうやってきて、住みついてしまう人もいるようです。

ガンジス川は非常に長い川であり、どこが聖地になってもおかしくないのに、なぜかヴァラナシ付近が最大の聖地になっています。その理由は、唯一ヴァラナシ付近だけガンジス川が南から北に向かって流れており、下から上に登るイメージ、すなわち天に昇るイメージがあるからだそうです。
人々は全身川につかったり、水を口に含んだりして身体を清めています。そうして現世の罪を清めて来世の幸せを祈っているのです。

早朝のヴァラナシの沐浴は、さすがに心にしみるものがありました。毎日のように見ている朝日も、ガンジス川で見ると、なにかいつもと違ったもののように見えてしまいます。感動。
しかし実際は、ガート(沐浴場)の付近は結構壮絶な状態なっています。まず、川は非常に濁っています。沐浴しているすぐそばで、身体を洗ってる人や洗濯している人がいます。沐浴場のすぐ横には、火葬場があり、灰は川に流されます。ちなみに、沐浴場のすぐそばで、牛の死体がぷかぷか浮いていました・・・・。

ほとんどの人が真摯に祈りを捧げている中で、パンツ1枚で沐浴している日本人観光客を目撃。おもしろ半分に見えて、ちょっと不愉快でした・・・・。

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2005.05.29

今のF1、危なすぎる

F1ヨーロッパGP、結果はアロンソが勝ったけど、ライコネンがかわいそう。

ラスト1周で車が壊れてリタイヤとは。ラスト7周くらいから右フロントタイヤがボロボロで激しく振動し、素人目にも明らかに異常状態。で、いつか壊れるのは時間の問題だったけど、まさかラスト1周でとは。しかもタイヤが破裂したのではなく、振動に耐えられなくなってサスペンションが粉々になるとは。長いことF1見てきたけど、接触以外で車があんなに粉々になるのは初めて見たような気がします。
しかも、粉々になって吹っ飛んだ先にはバトンの車が。あと数cmでバトンも巻き添え。ああ、危ない。

先週の5/22の本blogに、今のF1のタイヤ無交換のレギュレーションは危ないという主旨の文章を書いたけど、まさにその不安が的中してしまいました。
まあチームの作戦とかライコネンの判断とかいろいろな要素はあるんだろうけど、去年のようにタイヤ交換が前提であったなら、タイヤの異常に気づいた時点で明らかにタイヤ交換していたはず。結果としてこんな事故は起こらなかったはず。

今回は人的被害がなかったから良かったようなものの、速やかにタイヤに関するレギュレーションを改善するように強く希望します。

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体重制限バイク

原チャリの部品交換のためバイク屋さんへ行き、作業をお願いして待っていたときのこと。

ヒマなのでバイクカタログを見ていました。そしたらホンダの競技用バイクのカタログがあって、それにはCRF50Fという50ccのバイクが載っていました。で、そこに書いていた注意書き。「体重制限40kg以下」 
まさかレースが体重別になっていて、40kg以下級とか100kg以上級とかになってるわけじゃないだろうしなあ。格闘技じゃあるまいし。仮に40kg以下クラスがあっても、エントリーできる人はほとんどいないんじゃにの?とか一瞬思ったんだけど、やっぱり子供向けということなんだろうなあ。するってことは、子供向けのレースがあるってことか。知らなかったです。

ちなみに、同じカタログにCRF70Fという70ccのバイクが載っていて、それには「体重制限60kg以下」となっていました。これなら私も参戦できそう。

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2005.05.28

原チャリ改造・トルクカム編

愛車 Live Dio ZX 号、今回の改造のメインはトルクカム。

改造前は、45〜55km/hのあたりで回転が不自然に上がり、その後一気に回転が下がるという症状でした。なにか引っかかったような感じで、吹けすぎる感じです。
勉強に勉強を重ね、これはトルクカムの形状と摩耗のせいだろうと推測。いろいろな情報を仕入れ、あえてジョルノクレア用のトルクカムを投入。これで回転が滑らかになるはず。
ついでに変速点をちょっと下げるため、ウエイトローラーを3g増量。これで変速点は400rpmくらい下がってパワーバンドを有効に使えるはず。

結果。ばっちり。
回転が非常にスムーズになり、まるでモーターのよう。
変速点も予定通り下がって見事に全域パワーバンド化。
いままでの改造の中で一番効果があったかも。

これで愛車 Live Dio ZX 号は、ほぼ満足のいく状態になりました。

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2005.05.27

インド旅行記22「列車の旅」

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インド旅行4日目は、ほぼ完全な移動日。列車でアーグラーからヴァラナシ(ベナレス)に向かいました。

まずは駅までの道。スーツケースがやけに重く感じます。よく見てみると、キャスターが4輪とも壊れていました。タイヤのゴムの部分が加水分解で劣化し、ボロボロになっていたのです。10年以上前のスーツケースだから仕方ないけど、サムソナイトの品質もたいしたことないな。まあ、キャスターが正常だったとしても、道がデコボコでどうせスムーズには運べなかったでしょうけど・・・・。

で、駅でしばらく待機。待つこと自体は苦にならないんですけど、物乞いや靴磨きがやたら近づいてきて、えらいプレッシャーでした。

しばらく待ったあと、やっと列車が到着。列車は、ディーゼル機関車+一般車両+寝台車。
ディーゼル機関車は、豪快に排ガス出しまくり。
一般車両は、もう人でいっぱいです。出入口からあふれるくらい人でぎゅうぎゅう。しかも、出入口から人がはみ出ているのに、列車は平気で発車。走ってる列車に飛び乗る人も多数。豪快。
私は寝台車でしたが、日本でいうと2等寝台レベルかな。まあまあ。けど、窓は全然清掃している様子はなく、まっ茶色。窓越しに写真を撮るのも不可能なくらいです。しかも、石でもぶつかったのか、窓は蜘蛛の巣状に割れていました・・・・。

列車に乗っている時間は約9時間。軽い熱中症のせいか頭がガンガン痛く、しかもベッドがあわなくて腰も痛い。つらい移動でした・・・・。

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2005.05.26

インド旅行記21「タージ・マハル」

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さて、タージ・マハル。
あまりにも有名な建築物。写真でもイヤになるほど見ているし、どうせ新たな感動はないでしょう、とけっこうさめた気持ちでした。こんなメジャーなところで感動なんかしてやるもんか、という妙にひねくれた気持ちもありました。
だがしかし。やられました。大感動。こんなすごいものだったのか。こんなでかくて美しいものなのか。もしかしたら世界一美しい建築物かも。

ということで、深く反省してタージ・マハルについてちょっと調べてみました。
ムガール帝国のシャー・ジャハーン帝が亡き最愛の妻のために建てた霊廟。これだけでもすごいエピソードです。なぜなら、ムガール帝国はイスラム教。イスラム教は一夫多妻を認めているので、普通の王様ならば何人お嫁さんがいてもおかしくありません。それなのに、一人の妻のためだけにこれだけの建築物を建てたのです。しかも22年もかけて。すごいよなあ。よっぽど嫁さんを愛していたんだろうなあ。

建築には王朝が傾くほどお金と労力がかかった模様。
22年の歳月と1日2万人の人手をかけてます。
ペルシャとかヨーロッパから一流の建築家や技術者を呼び寄せてます。当然破格の給料だったのでしょう。
装飾には、翡翠,水晶,珊瑚,トルコ石,メノウ,サファイア,ダイヤモンド,アメジスト,金銀等が使われています。しかもそれらは、中国,ロシア,チベット,スリランカ,エジプト,ペルシャ等世界各国から取り寄せられているのです。
また、建物のほとんどは膨大な量の大理石と赤砂岩からできているのですが、これも大理石はジャイプールから、赤砂岩はファテープル・シークリ付近からと、結構遠方から運ばれているのです。

やはりタージ・マハルは、人気が出て当たり前のすばらしいところでした・・・・。

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2005.05.25

インド旅行記20「アーグラー城」

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ジャイプールを出発してアーグラーに到着、まずはアーグラー城を見学しました。

アーグラー城は、赤砂岩でできた大要塞。タージマハルからは女性的な優美さを感じますが、アーグラー城はまさに男の世界。力強く重量感があります。まずは大満足です。

それにしても、インドにはアーグラー城のような立派な建築物が多いです。しかもあまり傷んでおらず、色もきれいでつくりや規模も豪華なモノが多いんです。
で、ちょっと調べてみたら、インドに残っている有名な歴史的建築物は、ほとんどがムガール帝国時代のもの。つまり、16世紀前半から19世紀中頃までのモノなんです。日本でいうと、戦国時代から江戸時代末期くらいの時代です。意外と新しい! インドというと非常に古い歴史があって、建築物や美術品も古いものが多いという先入観があったんですけど、どうも違うみたい。
そういえば、インドでは人口の7〜8割がヒンドゥー教徒なのに、意外とイスラム教の建築物が多いのは、ムガール帝国がイスラム教国だったこともあるんだろうな。

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2005.05.24

インド旅行記19「移動中の話」

ジャイプールからアーグラーに行く車の中、話す相手もガイドさんしかいないので、いろんな雑談をしました。ツアー客が私ひとりということで、全てが私中心になることはいいのですが、いつもガイドさんと一緒なのでかえって気を使うこともあります・・・・。

で、話題となったこととかちょっとした出来事。
・インドの住宅費は、ふつうのアパートだと100ドルくらいとか言ってました。。
・おまえの月収はいくらだと聞かれたので、だいたい5000ドルと答えたら、えらいことびっくりされました。
・ジャイプールからアーグラーまでの数時間、景色はほとんど変わらず枯れた畑と灌木。さすがに寝ました・・・・。
・昼食時、ふと気づくと熊をさわりまくった手を洗わずに素手でナンをちぎって食べてました。衛生にはずいぶん気をつけていたんですけど、だいぶ油断することが多くなってきました・・・・。
・野生のクジャクを見て、感動。
・途中のドライブインでトイレタイム。個室でがんばって数分後、個室から出ると、係の人が水道の栓を握って待ってました。私が出るのを待っていて手を洗うときに水を出してくれたのです。きっと数分間ずっと待っていたんだろうなあ。なにやら恐縮。
・この日からガイドさん風邪気味。たぶん私がうつしました・・・・。
・ガイドさんは独身ということもあって、聞きもしないのにインドの女性について解説してくれます。きれいな女性とすれ違うと、「今の女性は非常に美人です。」とか。で、何回かこういうことがあったんですけど、ここでわかったこと。彼の美的感覚と私の美的感覚は、ほとんどドンピシャ。妙なことで感動しました・・・・。

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2005.05.23

インド旅行記18「ファテープール・シークリ&熊」

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インド旅行3日目は、ジャイプールからアーグラーに移動です。
移動の途中にあったのが、ファテープール・シークリ。ここはツアーの予定に入っていないので、別料金とのこと。でもせっかく来たので立ち寄りました。

ファテープール・シークリは、ムガール朝の第3代皇帝アクバルによって1571年に建設された都です。だがしかし、水の便が悪かったため、1585年にこの都は廃棄されたそうです。たった14年。水の便が悪いことなんて、最初からわかってなかったのかなあ。一時は荒れるままになってたらしいんですけど、最近はとても立派に修復されています。
インドにあるこういった都や有力な建築物は、その多くが小高い丘の上に建っていて、どこも非常に見晴らしが良いです。

ファテープール・シークリの見学を終えて、一路アーグラーへ。
で、ここでのトピックス。ファテープール・シークリの近くの道路には、100メートル間隔くらいで熊が立ち上がって手を振っています。ほんとです。本物です。何やらこの辺の人は、熊を調教し、ドライブ中の観光客を呼び止めて、熊に乗せたり熊と一緒に写真を撮らせたりして収入を得ているそうです。もちろん私も熊に乗って写真を撮ってきました・・・・。

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2005.05.22

2005F1モナコ

今年のF1は、ルールの改正のせいなのか車のできのせいなのかわからないけど、まったく読めませんね。今回のモナコも、モナコとしては抜きつ抜かれつの接近戦が多く、レースとしてはおもしろかったかも。
おもしろい方向にルールが改正されることはいい傾向だと思います。そのひとつがタイヤ無交換のルール。確かにタイヤの選択や使い方によってレースはおもしろくなります。しかも、減ったタイヤを使いこなすドライバーの腕も発揮されてエキサイティング。
しかし、タイヤ無交換はあきらかに危険。すべったり、バーストしたり。危険な方向へのルール改正は問題だよなあ。大事故がおこらなきゃいいけど。

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インド旅行記17「穴場!」

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インド旅行3日目の夜、ジャイプールでのできごと。

夜にガイドさんからお誘いがありました。「きれいで楽しいところがあるので、行きませんか? 75ドルですが。」 どうせしょぼいオプショナルツアーだと思って断ろうとしたのですが、なにぶんツアーメンバーは私ひとり。断りきれず、結局行くことになりました。
で、行く途中の車の中で、ガイドさんが話しかけてきたこと。「ここへ行ったことがばれるとまずいので、秘密にしてください。」 え? やばいとこなの? けっこうビビりながら目的地に向かったのですが・・・・。

結局行き着いたのが、遊園地みたいなところ。ひとまず安心。秘密にしてくれというのは、マニュアルにない行動だったからなのかな? 
ここは、どうも地元の高級な遊園地のようです(確かチョキダニと言っていたような気がします)。地元以外にはあまり宣伝されていないようで、当然ながらガイドブックにも載っていません。けど、いろいろなものがあって、たいへん楽しかったです。。
・いろいろな大道芸をやっている
・ラクダや馬にのせてくれる
・恐竜時代とか原始時代の再現(しょぼいですが・・・・)
・民族芸能や踊りをやっている(おまえも踊れということで、見よう見まねで踊ってきました・・・・)
・輪投げとかダーツとか弓とか
日本のレベルからすると全体的に非常にしょぼいのですが、子供に帰ってたいへん楽しめました。ここは穴場!

で、ここで心に残ったこと3つ。

ひとつ目は、観覧車。
乗るところが6つしかないこじんまりした観覧車なのですが、なんか妙にすっきりしています。よ〜くみてみると、どこにも駆動装置がありません。なんと! 2人の人間が手で回しているのです! なんという力技! 日本じゃ絶対見られないだろうなあ・・・・。

ふたつ目は、大道芸。
このような高級遊園地であっても、大道芸をする人はかなりカーストの低い人らしいのです。要するに、とても貧しいということ。芸をやる人は、大人も子供も目や表情が異常に真剣なのです。失敗するとチップがもらえない、即生活にかかわる、といった緊張感があるのです。こういう事情を知ってしまうと、リラックスして楽しめるという感じではありません。ついつい「がんばれ!」「失敗するなよ!」といった感情移入をして、応援してしまいました。みんな真剣に生きているんだなあ、と勉強させられました。

みっつ目。
ここで食べた料理が、1週間のインド旅行の中で一番おいしかったです。

てなわけで、インド旅行3日目無事終了。

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2005.05.21

インド旅行記16「ジャイプールお散歩」

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インド旅行の3日目、ジャイプールでは午後に自由時間があったので、町の中を散策しました。ホテルは結構郊外にあったので、観光スポットが近くにはなく、街並をみるだけのほんとに普通のお散歩でした。

ジャイプールはかなり大きな町で、郊外でもそれなりにきちんとした町に見えます。ホンダのバイク屋さんとか車のディーラーもあって、ざっと見た景色はそれほど違和感がありませんでした。
違和感があるのはやはり道を走っているいろいろなもの。ラクダがどうどうと交通機関として成立しており、道端ではバイクに混じって牛が駐車(駐牛?)しているのです・・・・。

で、この日に限ってかなり暑く、しかも郊外とはいえ車の量は非常に多いため、排ガスでたいへん。1時間ちょっとでバテバテになり、ホテルに帰ってお昼寝しました・・・・。

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2005.05.20

インド旅行記15「中央博物館」

050520

ジャイプールの中央博物館。
1876年に建てられた宮殿を博物館に転用したものです。

外見はえらいことご立派。だがしかし、中に入るととってもしょぼいごく普通の博物館です。展示品にはたいした目玉もなく、古くさいものを何の工夫もなく並べているだけ。ここは外から建物を見るだけでオッケーです。

しかし、世界中どこへ行っても、「広い庭+古い建物」っていう組み合わせのところはハトだらけなんだよなあ。なんでなんだろ。

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2005.05.19

インド旅行記14「ガイトール」

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ジャイプールのガイトール。

ここは歴代マハラジャの霊廟です。ヒンドゥー教の霊廟なので、棺はないとのことです。
こじんまりしていますが、大理石でできた美しい霊廟です。

だがしかし、観光客も地元の人も全然いません。そういえば、ガイドブックにも丁寧に載ってなかったし、あとでインターネットで調べてもほとんど資料は出てこなかったなあ。インドにはいろいろと名所があるので、このような地味なところは人気がないのかなあ。結構きれいだし、いい雰囲気なんだけどなあ。

おまけ。
インド旅行には全然関係ないんですけど、本日会社のイベントでけっこう大人数(数百人)でのウルトラクイズがありました。
会社に関連した問題ばかりだったんですが、私、優秀な成績でほぼ最後まで生き残りました。で、景品はというと、カップラーメン1ダースとお菓子のセット。う〜ん、喜んでいいんだか・・・・。

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2005.05.18

インド旅行記13「シティパレス」

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ジャイプールのシティパレス。
18世紀前半から代々のマハラジャが住んでいる宮殿で、現在もその子孫が居住しているそうです。今でもえらい人が住んでいるということで、古びたところもなく掃除もいきとどいています。建物の色も、赤と白のコントラストが強烈で、とてもきれいな建物です。
一部は博物館になっています。ただ、私はもともと博物館の暗い雰囲気があまり好きではないので、博物館の感動はイマイチ。巨大な絨毯が展示してあったりして見所もあるんでしょうが・・・・。
ちなみにシティパレスはインドでも人気のスポットらしく、学生の団体さん(修学旅行?)が来ていてえらいにぎやかでした。

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2005.05.17

インド旅行記12「ジャンタル・マンタル」

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ジャイプールのジャンタル・マンタル。ジャンタル・マンタルはデリーやベナレス等にもありますが、ジャイプールのものが一番規模が大きいそうです。

ジャンタルは道具,マンタルは計算を意味します。要するに、大規模な天文台です。1728〜1734年に造られたものですが、今でも信じられないほど正確に機能しているようです。

ここは大ヒット! 理系の男の子なら絶対大喜び! 政治とか宗教とか戦争に関係した建造物は結構ありますが、純粋な学問的建造物は珍しいのでは? 非常に個性的な建造物が敷地内にたくさん並んでいます。これはなんだろう?と考えながらひとつひとつ観てまわるのが、とっても楽しかったです。

ここはもう一度行ってみたいなあ。行く機会はなかったけど、デリーやベナレスのジャンタル・マンタルも観てみたかったなあ。 

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2005.05.16

インド旅行記11「風の宮殿」

050516

インド旅行3日目は、引き続きジャイプール。

ジャイプールは、ピンクシティと呼ばれているように、街全体がピンク色(というより明るい茶色)に塗られています。実はもともと灰色だったんだけど、1883年にイギリスの王子が来訪するにあたって、歓迎の意味を表すピンク色に街全体を塗ったのだそうです。それ以来、今もピンク色に塗り続けられているとのこと。なんかすごいエピソードだなあ。

で、今日の観光は、まずは風の宮殿から。
風の宮殿は、1799年に建てられたラージプート様式の5階建ての建物です。宮廷の女性が姿を隠したまま外をのぞけるように、細かい透かし彫りが施されています。この透かし彫りのため、風が吹き込んできて内部の温度が下がり、天然のクーラーとなっていたようです。

風の宮殿は、実はけっこう楽しみにしていました。しかし実際は、「ああ、こんなものか。」って感じ。確かにデザインは美しいし、特に不満はないんだけど、なぜかインパクトを感じませんでした。期待が大きすぎたのかなあ。
また、風の宮殿は交通量の多い道路に面していることもあって、落ち着いてゆっくり観ることができません。車から降りてちょこちょこっと写真を撮るくらい。もうちょっとじっくり観たら感想も変わっていたかも。

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2005.05.15

インド旅行記10「映画編」

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インド旅行2日目の夜はジャイプール泊。
今回の旅行で泊まったホテルはイマイチのホテルばかりだったけど、ジャイプールパレスホテルは唯一まっとうなホテルでした。ああ、ゆっくりできる。

さてその日の夜、ゆっくりやすもうと思っていたら、ガイドさんから映画のお誘いがありました。インドにまで行って映画みたいとも思わなかったし言葉もわからないし、「映画はいいです。」と言ってパスしたつもりだったのですが。「じゃあ、行きましょう。」という感じで映画館に連れて行かれました。どうも「いいです」という言葉を「good」だと思ったようです。日本語って難しいですね・・・・。

映画は、歌って踊ってハッピーエンド、という典型的なインドスタイルの映画でした。言葉はわからなくても大筋はつかめました。
で、ガイドさんのコメント。「インドの映画はほとんどがハッピーエンドの楽しい映画です。普段悲しいことやつらいことばかりなので、映画くらいは楽しくみたいのです。」
これは非常にインパクトのある言葉でした。そうか。不幸な映画を見て感動するとか、戦争映画を見て熱くなるとか。これは人ごとだから楽しめるんだ。当事者じゃないからなんだ。ほんとに不幸な人が不幸な映画を見るってことはとんでもないことなんだ。日本や欧米で作ってる映画というのは、ブルジョアがみる映画なんだ・・・・。
こういうことを知っただけでもインドで映画を見た価値がありました。

ちなみにあとから調べたら、インドで製作される映画は年間役800本で、アメリカをぶっちぎって世界一とのこと。また、観客動員数も1日に約1000万人とのこと。インドって映画大国だったんだなあ。

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2005.05.14

インド旅行記09「買い物編」

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インド旅行2日目、ジャイプールに到着後は、時間に余裕があったせいかなぜか土産物屋めぐりになってしまいました。

こういった海外ツアーは、現地ガイドさんがコネのあるショップに客を連れて行き、買い物をさせてバックマージンを受け取るというのが常識化しているようです。まずいことに、今回のツアーは私ひとり。つまり、土産物屋さんに連れて行かれると、みんな私が何か買うまでしつこくつきまとってくるのです。これには困りました。

そうはいっても実は私は絨毯好きで、絨毯は気に入ったら買おうと思っていたので、絨毯屋さんでは大喜びで買い物を楽しみました。実はトルコへ行ったときも絨毯を買ったんですけど、絨毯屋さんはどこの国でも商売が上手です。ガイドさんより遥かに上手な日本語を駆使して、ショーのように絨毯をみせてくれ、買う気にさせてくれます。で、90cm×160cmくらいの絨毯をゲット! 44000円でした。高いか安いか微妙なところですが、納得して買ったので、満足。

次に連れてってくれたのが、宝石屋さん。ジャイプールでは特に良質な宝石が安く買えるようです。だがしかし、私は宝石には全く興味なし。終止完全無視してここでは何も買いませんでした。

おまけ。ジャイプール付近ではラクダの骨を加工した商品が有名です。
で、途中で立ち寄ったドライブイン風のお土産屋さん。かなり安いペーパーナイフがあったのでみていると、店員さんが「それはラクダの骨でできていて、とてもお買い得だ!」と勧めてきます。ほんとに異常に安かったので、いくつかお土産に買っていこうと選んでいると、ガイドさんが目配せしながら妙に急いだ様子で「時間なので早く行きましょう!」と急かせます。しかたなく買い物をあきらめて急いで車に乗り込んで出発。
で、そこでのガイドさんの一言。「あれは偽物です。プラスチック製です。」 
なんてこったい! 私は骨とプラスチックの区別もついていなかったのかい! ひとまずガイドさんに感謝。これからは、買い物のときは、偽物だとわかったらガイドさんが目配せして教えてくれることになりました・・・・。

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2005.05.12

インド旅行記08「ビルラ寺院?」

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ジャイプール観光、水の宮殿を見学後、次はヒンドゥー教の寺院に連れて行ってもらいました。

現地ガイドさんから聞いたところ、確かビルラ寺院と言っていたようです(発音が聞き取りづらかった・・・・)。けっこう最近建造された新しい寺院のように見えます。
靴を脱いで裸足で中を見学。外から見ても中に入っても、非常に美しい見栄えのいい寺院です。大理石でできていて壁が真っ白なこともあって、明るく開放的です。こんなにカラッとさわやかな寺院も珍しいのでは?

で、この寺院、私の持っているガイドブックには載っていませんでした。あとからインターネットで調べてみても、ほとんど資料がありませんでした。なんでだろ? いい寺院なのになあ。

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2005.05.11

インド旅行記07「水の宮殿」

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アンベール城塞の観光が終了してジャイプール市街に向かう途中、水の宮殿に立ち寄りました。

水の宮殿は、1735年に夏の別荘として湖の真ん中に建てられた宮殿です。
基本的には湖に浮かぶ涼しげな宮殿のはずなのですが、それは雨の多い季節だけ。私の行った季節はちょうど雨の少ない季節だったため、水がかなり干上がっていてイマイチ優美さに欠けてました。残念。

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2005.05.10

インド旅行記06「アンベール城塞」

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インド上陸2日目、はじめての観光地がアンベール城塞でした。ラジャ・マン・シンによって1592年に建設に着手され、何代にもわたって増築が繰り返されたものらしいです。

アンベール城塞は、小高い丘の上にあります。下から観たアンベール城塞も、アンベール城塞から観た景色もとても雄大で美しいです。
中庭を囲むいくつもの建物は、大理石と赤砂岩で構成され、なかなか見事。ちなみに、インドにある歴史的建築物は、ほとんどが大理石か赤砂岩でできています。白いところは大理石、赤いところは赤砂岩と思って大きな間違いはなさそうです。
城塞内部はけっこう起伏があるのですが、小さい馬車で移動できるように設計されているとのことで、階段はほとんどなく、段差のない緩やかな坂が多いです。
また、外敵に侵入された場合を想定して、通路の幅は狭く迷路のようになっています。

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で、丘の上にあるアンベール城塞に行くのに、楽しみな交通手段が象のタクシー。象に乗るのは生まれて初めてだったので、とても楽しめました。
ただし、象は思ったより揺れます。船に乗っているような周期の大きい揺れです。長いこと乗っていると乗り物酔いしそうです。
揺れの影響で象の上から写真を撮るのはけっこうたいへんです。それよりもつらかったのは、象の揺れは腰に悪い! ギックリ腰の後遺症の残る身には、けっこうきついものがありました・・・・。

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2005.05.09

インド旅行記05「下ネタ編」

インドには夜に到着、デリーのしょぼいホテルで一泊後、次の朝、最初の観光地ジャイプールに向かいました。

デリーからジャイプールまでは300kmくらいなのかな? 車には私とドライバーさんと現地ガイドさんの3人だけ。日本語を話せるのが私とガイドさんだけということで、やはりガイドさんと会話することが多くなります。

で、ガイドのSさんがいきなり話しかけてきたこと。「インド人は、チン○が長いです。8inchはあります。日本人はどうですか?」。出会って2日目の人に話すようなことなの?
「はいはい、私はそんなにご立派じゃありません、悪うございましたね。」みたいに適当に話を合わせていると、次に聞いてきたのは「あなたは結婚してますか?」。46歳で結婚してないことを伝えると、えらくびっくりして、たたみかけられました。
「なぜ結婚しないのか?」「彼女はいるのか?」「Hはどうしてるんだ?」「最近Hしたのはいつだ?」
インドに行ってまでこういう突っ込みを入れられるとは思っていませんでした・・・・。

インド人はみんなこういう話題が好きなのかな? なんかインドの人口が爆発的に増えている理由がわかったような気がします・・・・。
 

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2005.05.08

インド旅行記04「交通事情」

インドの交通事情は、かなりすさまじいです。

町の中はもう車でいっぱい。それなのに信号が驚くほど少ないのです。
しかも、車,オートリキシャ,人力車,バイク,自転車,リヤカー等が同じ道で好きな車線を適当に走っています。ちょっと車が少なくなるとこんどは放し飼いの牛がウロウロと道に出てきます。ジャイプールあたりになると、これに交通手段としてのラクダと象が加わります。要するに、スピードの全然違うものが何のルールもなく同じ道を走ってるわけです。

道を走っているもの全ては、他の車に全く注意を払っていないように見えます。クラクションをならされてはじめて道をちょっとあける感じ。そんなんだから、車はとにかくクラクションをならしまくり。すれちがうのも何センチ単位。インド人は実は驚異的に運転はうまいのかも。

バイクは基本的にはフルフェイスのヘルメットをしている人が多いんだけど、ヘルメットが異常に小さく見えます。衝撃吸収の部分がほとんどないのかも。だいじょうぶなの? ノーヘルの人もけっこういるし、3人乗りや4人乗りの人もけっこう見かけましたが、つかまらないのかな?

ほんと、1週間インドを車で移動して、交通事故が一度もなかったのが信じられません。日本人は、インドでの運転は絶対やめたほうがいいと思います・・・・。

あと、車はかなりの数がディーゼルのようで、燃料も粗悪なものを使っているようです。バイクは多くが2ストのように思われます。つまり、都市部は排ガスによってとんでもなく空気が悪いのです。自由時間に町をお散歩したんですけど、暑さでダウンする前に空気が悪くて気持ちが悪くなってしまいました。これと比べると、東京の都心部は思わず深呼吸したくなるようなさわやかさを感じます・・・・。日本は意外と排ガス規制がうまくいっているのかな?

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2005.05.07

インド旅行記03「車事情」

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車好きの私は、やはりインドの車のことが気になります。

まずは意外だったこと。外国は左ハンドル右側通行という先入観があったんだけど、インドは右ハンドルの左側通行。日本と同じでした。そういえばイギリスも右ハンドル左側通行。要するに、イギリスの文化なんですね。

で、どんな乗用車が多かったかというと、ダントツで一番多かったのが、日本でいうとFitとかMarchクラスのコンパクトハッチ。インド都市部では車が非常に多いので、こういう小さな車が多いのは非常に現実的です。あとは、ぜいぜいカローラクラスの小さな4ドアセダン。それより大きい乗用車は、ときどき見かけるランクルタイプの4WD車くらいです。
ちなみに色はほとんどは白。暑い国だからねえ。

他で目立つ車は、バス。オートリキシャと呼ばれる三輪車のタクシー(都市部ではこれが実に多い)。人力車。バイク(これもとっても多い)。自転車。ジャイプールあたりでは、これにラクダと象が加わります。

メーカー別では、コンパクトカーは、TATAというインド車がかなり多いです。あとはSuzuki(現地ではMaruti Suzuki)、Hondaが続きます。
4WD車は、ほとんどがToyotaかな?

バイクは、150cc前後のHonda(現地ではHero Honda)がダントツ。次がどこのメーカーかわからない古いベスパタイプのスクーター、そのあとにKawasakiとSuzukiとYamahaがちょっとづつ。

ちなみに現地ガイドさんによると、インド車TATAは1万ドルくらい、Hondaのバイクは1000ドルくらいとのこと。日本より安いんだろうけど、桁外れに安いってことでもなさそうですね。

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2005.05.06

インド旅行記02「ひとりツアー」

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2005/04/28の夜、インドのデリーの空港に到着。

今回のツアーは、現地係員付き,添乗員なしのツアーです。今まで添乗員付きツアーしか経験したことのない私は、現地係員との合流がちゃんとできるかどうかが最大の心配事でした。
入国審査を終えて荷物を受け取って指定された場所に行くと、「ばあどさんですか?」と片言の日本語で声がかかりました。ああ、よかった、合流成功。

で、現地係員(現地ガイド)は、私と合流すると即座に「さあ、行きましょう」と歩き出しました。あれ?他の人はもう行っちゃったのかな?と思って聞いてみると、「今回のツアーはあなたひとりです。」とのこと。
これにはびっくり。パンフにはこのツアーは2名以上で催行と書いていたので、てっきり私以外にも誰かいるものだと思ってました。そういえば、2003年にモロッコに行ったときにも、15名催行とパンフに書いていたのに、5人でツアーが成立しました。モロッコに行ったときも今回のインド旅行も、手配をお願いした旅行代理店はHISさん。HISさんには実はいろいろと言いたいことはあるんだけど、このように人数が不足してもちゃんとツアーを成立させてくれるのは非常に良心的で助かります。

ということで、ツアー参加は私ひとり。それに現地ガイドのSさん、ドライバーさんの総勢3人で旅行開始となりました。車はもちろんばあど専用車。インド製のコンパクトカーです。

ああ、なんて豪華な旅なんだろう。ちょっと寂しいような気もするけど。

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2005.05.05

インド旅行記01「インドへ出発!」

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インド旅行に行ってきました。日程は、2005/04/28〜2005/05/05。いろいろとあったけど、楽しい旅でした。インドでは、数々の観光地を楽しんだ一方で、人の暮らしについてもいろいろと考えさせられる面がありました。それらを全部ひっくるめてしばらく書いていこうと思います。

まず出発の朝。
風邪気味で37.2℃の熱。平熱が35.5℃くらいなので、けっこうな熱。大丈夫か?
しかも、ギックリ腰の後遺症がまだあります。私の家はマンションの3階なのですが、エレベーターがありません。スーツケースをかかえて外に出るまでがえらいたいへん。本当に大丈夫か?
しかも、インド真夏で連日40℃。
しかも、インドは水や食べ物が日本人にあわなくて、ほとんどの人がお腹をこわすと聞いています。
ああ、不安がいっぱいのインド旅行です。

腰をいたわりつつ、やっとのことで成田空港に到着。
搭乗手続きを終え、チケットを確認。添乗員なしのツアーということで、もちろんエコノミークラス。で、通路側の席。まあいいか。
で、中で待っていると、「ばあど様、改札のところまで来てください。」みたいな呼び出しをされました。あれ?なんか失敗したのかな?と不安になって行ってみると、チケットを取り替えてください、とのことでした。で、渡されたチケットがビジネスクラスの窓側の席! 「いいんですか?」と聞いても「いいんです。」と答えられ、間違いではなさそう。満席のため座席の調整があったのかな? いずれにせよ、大ラッキー! 

悪いこともあればいいこともある、インド旅行の始まりでした。

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