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2017.06.03

邪馬台国

邪馬台国はどこにあったのでしょう。

邪馬台国が記載されている文書は、中国の魏志倭人伝しかありません。
その魏志倭人伝には、邪馬台国への行き方が書いてあります。
が、その通りに進むと、邪馬台国はフィリピン沖にあることになってしまします。

そこで、魏志倭人伝を書いた人は、何かを間違って書いてしまったと解釈する場合が多いです。
方向を間違ったとすると、邪馬台国は奈良にあったとする説が有力になります。
距離を間違ったとすると、邪馬台国は九州にあったとする説が有力になります。
私も、邪馬台国は奈良か九州にあったんだろうなとずーっと思ってきました。

ところが。
本日、邪馬台国をテーマとしたテレビ番組で、私の知らない説が紹介され、驚きました。
それは、「魏志倭人伝はもともと正確に書かれたものではない」という説です。
当時の魏のような大国が、辺境の邪馬台国の位置を正確に知っているわけもないし、正確に書く気がないという考え方です。

魏志倭人伝のような国の編纂した書物は、魏という国の偉大さを誇張して書いていると考える方が自然です。
つまり、邪馬台国のことを強大な国として書くことにより、あんな遠くにあるあんな強大な国からでも貢ぎ物を持ってくるほど、魏という国はすごい国なんですよ、という書き方です。

これは、盲点でした。
伊能忠敬や間宮林蔵が書いたような地理書は、正確に書こうとしているのは当然です。
が、国が編纂した日本書紀のような書物は、日本万歳的な書き方をしています。
魏志倭人伝も、国が編纂した書物です。国の偉大さをアピールする書物と考えるのが自然です。
私も、この説は正しいと思います。

そうなると、邪馬台国はどこにあったのでしょう?
そもそも邪馬台国は、あったのでしょうか?
じっくり考えてみようかと思います。

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