2020.06.27

音楽と私 035「The loco-motion / GRAND FUNK RAILROAD」

「ロコモーション / グランド・ファンク・レイルロード」

どすこい君からプレゼントされたグランド・ファンク・レイルロードのハートブレイカーがなかなか良くて、その後自分で買ったシングルレコードがロコモーションだったと思います。なぜロコモーションだったのかというと、当時のアイドルグループのゴールデンハーフが持ち歌にしていて、この曲を知っていたからだと思います。

ロコモーションという曲は、リトル・エヴァという人が1962年に歌ったのが最初のようです。その後、いろいろな人やグループにカバーされています。

ちなみに、カバーして歌っていたのは、ゴールデンハーフ、伊東ゆかり、シルヴィ・バルタン、ベンチャーズ、キャロル・キングなど、錚々たる顔ぶれです。なんと、エマーソン・レイク・アンド・パウエルもインストロメンタルとしてカバーしていたらしいです。知らんかった。

ロコモーションは基本的にはポップスというジャンルになるのでしょうが、グランド・ファンク・レイルロード版は完全にハーロイドロックとして聴けました。良い曲だと思います。

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2020.06.25

音楽と私 034「Heartbreaker / GRAND FUNK RAILROAD」

「ハートブレイカー / グランド・ファンク・レイルロード」

私は、グランド・ファンク・レイルロードのシングルレコードを2枚持っています。Heartbreaker と The loco-motion です。どちらか1枚をどすこい君にプレゼントしてもらい、それが気に入ってもう1枚買い足した記憶があります。最初にどすこい君にもらったのは、たぶんHeartbreaker だったんだと思います。

Heartbreaker のレコードジャケットには、「レッド・ツェッペリンもぶったまげたゴキゲンなサウンド!!」と印刷されています。当時のハードロック界では圧倒的な人気だったレッド・ツェッペリン。そのレッド・ツェッペリンの前座バンドだったグランド・ファンク・レイルロード。あるライブで前座なのに素晴らしすぎる演奏をしてしまい、前座なのにアンコールの嵐が起きてしまい、レッド・ツェッペリンがなかなか演奏を始められなくなってしまったというエピソードは有名ですね。

その頃の私は、まだレッド・ツェッペリンのすごさを理解できていませんでした。なので、このエピソードもピンときませんでした。が、そんな私でもHeartbreaker という曲にはとても惹かれました。

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2020.06.22

音楽と私 033「Diamond Eyes / EDGAR WINTER GROUP」

「ダイアモンド・アイズ / エドガー・ウィンター・グループ」

どすこい君からはいろいろな音楽を紹介してもらい、私は多大な影響を受けました。が、なかにはイマイチ私にはハマらなかった曲やグループもあります。そのひとつが、エドガー・ウィンター・グループです。

ハマらなかったので、特にコメントはありません・・・・。

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2020.06.18

音楽と私 032「I feel fine / BEATLES」

「アイ・フィール・ファイン / ビートルズ」

1964年にビートルズが発表したアイ・フィール・ファインですが、私はこのシングルレコードを買った記憶がありません。どすこい君がプレゼントしてくれた可能性もゼロではないのですが、どすこい君の音楽的嗜好や性格からして、私にビートルズのレコードをプレゼントしてくれたとは考えにくいです。

ビートルズが解散したのは、私が小学生の頃です。私がリアルタイムでビートルズファンだったわけではありません。中学校になってやっとビートルズを聴き始めました。それでも Hey Jude とか Let it be とか Michelle とか Yellow Submarine のような有名な曲を知っているくらいでした。ビートルズの曲の中ではマイナーな I feel fine を私が好き好んで買ったはずはないのです。

なぜ私がこのレコードを持ってるんだろ?

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2020.06.17

音楽と私 031「Son of my father / CHICORY」

「恋の玉手箱 / チッコリー」

チッコリーの恋の玉手箱。
1972年にヒットしたこの曲を憶えている人は日本に何人いるでしょうか。そんなマニアックなシングルレコードをどすこい君は私にプレゼントしてくれました。45年以上前の中学生のころの話です。当時の中学生は、今ほど洋楽を聴いていなかったと思います。ビートルズを聴いていれば上出来、といった感じだったでしょうか。そんななかチッコリーを聴いていたどすこい君。ハンパじゃないです。

ちなみに、恋の玉手箱の原題は、Son of my father です。直訳すると、私のお父さんの息子。なぜそれが恋の玉手箱という曲名で売り出されたのでしょう。わかりやすくインパクトのある曲名にして売り出したいのでしょうが、原題とは全く関係のない曲名やアルバム名をつけるのは、いかがなものでしょうか。その曲やアルバムを作ったアーティストの意図が伝わらないのではと思います。

そういえば、KISSのアルバムはなんでもかんでも「地獄のなんとか」だったし、DEEP PURPLE のアルバムはなんでもかんでも「紫のなんとか」だったなあ・・・・。

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2020.06.16

音楽と私 030「Hotel California / EAGLES」

「ホテル・カリフォルニア / イーグルズ」

中学高校時代、引っ越したどすこい君と年に1度ペースで行き来するたびに、シングルレコードのプレゼント交換をしていました。

洋楽のレコードがお約束になっていたのですが、当時の私は音楽の懐が狭く、どすこい君には良い音楽を提供できなかったように思います。どうしても受け狙いに走ったり、評判がいいけど自分では聞いたこともないレコードをプレゼントしていたように思います。

どすこい君は、中学高校時代から洋楽に強い思い入れがあったようです。私にプレゼントしてくれたレコードも、自分で聴いて自分で気に入った曲を厳選してプレゼントしてくれたのだと思います。

そんなレコードの1枚が、イーグルズのホテル・カリフォルニアです。
このレコードをもらった当時は、この曲が数十年後まで名曲として生き残るような曲だとは思っていませんでした。どすこい君、さすがだなあ。

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2020.06.14

音楽と私 029「どすこい君」

私は、1959年函館で生まれました。小学校4年の時にどすこい君と同じクラスになって友達になり、そのまま小学校6年までの3年間を過ごしました。同じ中学校に進んだのですが、中学一年生の秋、どすこい君は転勤で札幌に引っ越してしまいました。その後私も大学で仙台に引っ越し、仕事で横浜に引っ越しました。距離的にはずいぶん離れてしまったのですが、付き合いはずーっと続きました。

どすこい君と毎日のように顔を合わせたのは、小学校中学校の3年半。が、その後2011年にどすこい君が亡くなるまでの約40年、年に一度はお互いに行き来し、親交を深めました。長い付き合いになりました。いろいろな意味で、どすこい君がいたからこそ今の私があったのだと思います。

どすこい君からは、音楽についても影響を受けました。

中学から高校時代にかけてお互いに行き来していたときのこと。当然、別れの時がきます。で、そのお別れのときに、お互いにプレゼント交換をしていました。プレゼントのお約束は、オススメのシングルレコードです。それまで私が聴いていた音楽は、歌謡曲やフォークソングなど誰でも普通に聞くような音楽ばかりでした。が、どすこい君が私にとって新しい世界を切り開いてくれました。

それは、洋楽の世界でした。

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2020.04.27

音楽と私 028「二色の独楽/井上陽水」

「二色の独楽」というアルバム、出来がいいとか悪いとか以前に、明らかに異変を感じました。それまでのような内に秘めた陽水の精神性が感じられませんでした。「こんなアルバム、陽水じゃない!」という印象でした。

ちょうどこのアルバムが発売される時期、陽水は最初の結婚をしていました。結婚して幸せになって音楽性も変わっちゃったんだなと勝手に思っていました。

「二色の独楽」に収録されている曲そのものは良い曲も多かったので、なんとなく私の心から陽水は離れていきました。

ちょうどその頃は、フォークソングという熱いムーヴメントが終焉し、ニューミュージックが流行り始める時期でした。フォークソングの終焉、陽水の変貌、今から思うと当時の私は何か大切なものを失ったのだと思います。

それ以降、私は洋楽の世界にハマっていくことになります。

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2020.04.22

音楽と私 027「断絶/井上陽水」

「陽水ライヴもどり道」「氷の世界」「センチメンタル」に続いてゲットした4枚目の陽水のアルバムは「断絶」でした。井上陽水としてのデビューアルバムであり、陽水の本質の全てが詰まっているアルバムのような気がします。

特に、「人生が二度あれば」のインパクトは強烈でした。

「東へ西へ」という曲では、「目覚まし時計は母親みたいで心が通わず」と歌っています。また、「断絶」という曲では、わからず屋の父親のことが歌われています。いずれも陽水自身の父親母親のことを直接歌っているわけではないのですが、それを匂わせる歌詞です。

が、「人生が二度あれば」では、父や母が子どものためにだけ頑張ってきたことを歌い上げています。父や母に素直に接することができない陽水の本心が、そして父や母に対する感謝が、この曲に込められていると思います。

「人生が二度あれば」という曲は、「陽水ライヴもどり道」にも収録されています。私の記憶が正しければ、ライブ盤の「人生が二度あれば」を聴きながら私は泣いていたはずです。

初期の陽水の曲は、全ての曲に何らかの強いメッセージが感じられます。ホント、感受性の強い中学生時代に陽水と出会えてよかったです。

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2020.04.20

音楽と私 026「陽水II センチメンタル/井上陽水」

中学生時代の私は、井上陽水を聴きまくっていました。当時はフォークソングが全盛で、ラジオレベルでは陽水以外の曲もよく聴いていたのですが、アルバムを買ってまで聴きこんだのは陽水だけでした。

最初に「陽水ライヴもどり道」を聴き、次に「氷の世界」を聴き、3番目に選んだアルバムは「陽水II センチメンタル」でした。どの曲も素晴らしかったのですが、特に「東へ西へ」「紙飛行機」「神無月にかこまれて」といったようなストレートに感情をぶつけてくるような曲が好きでした。

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