2025.06.30
2025.06.29
本日の出来事 その2「展示会とジブリ」
献血した後、天王洲アイルのWhatCafeに行ってきました。
私の好きなマツダケンさんの絵の展示会があったからです。
十数名共同の展示会でしたが、マツダケンさんの作品が圧巻でした。
マツダケンさんご本人とお話もできました。熱心に作品を見ていた私にマツダケンさんの方から話しかけてくれました。
展示即売会のような形式でした。作品は一番安いものでも軽く10万円は超えていました。簡単に買えるものではありませんが、いつかはマツダケンさんの作品を手に入れたいと思います。
すぐ近くで「ジブリの立体造型物展」というイベントをやっていました。入ってみようと思ったのですが、事前予約制で入れませんでした。予約制なのに入口には行列ができていました。さすがジブリ。
2025.06.28
2025 奈良京都博物館巡り 10「東寺」
今回の旅行の締めは東寺でした。
京都には山のように観光地があります。どこに行っても混雑しています。が、素晴らしい仏像が並ぶ東寺と三十三間堂はいつ行ってもそれほど混んでいません。多くの観光客にとって仏像は人気がないようです。私は仏像好きなので、空いているのはありがたいです。今回も東寺の講堂と金堂でゆっくりと仏像を堪能しました。
今回の旅行では三十三間堂で修学旅行の団体さんと一緒になってしまいました。こういうとき、私はグッズを見たり外に出たりして時間をずらします。混雑が嫌だという意味もありますが、修学旅行は一生に一度のイベントなのでできるだけ邪魔をしたくないのです。修学旅行をしている学生たちの明るい顔を見ているとなんかほのぼのとします。
何度も何度も奈良京都には行っていますが、自分なりの楽しみ方もできるようになりました。
2025.06.27
2025 奈良京都博物館巡り 09「三十三間堂」
仏像を見るなら奈良、庭を見るなら京都とよく言われます。私は仏像好きなので、奈良の仏像を丁寧に見て歩くことのほうが多いです。が、三十三間堂と東寺は別格です。三十三間堂と東寺は、仏像の全てが凝縮されています。
まずは三十三間堂。
2018年に三十三間堂の風神雷神と二十八部衆の配置換えがあったようです。前回三十三間堂を拝観した時、予備知識がなかったのに配置換えに気づきました。最前線に並んでいた婆藪仙人がいつの間にか中尊の千手観音の脇侍の位置に配置換えされていたのです。婆藪仙人も偉くなったものだなあと思った記憶があります。
今回の気づきは二十八部衆の中に名前が変わっている仏像を見つけたことです。2018年には仏像の配置換えとともに名前も見直されたようです。今回名前の変更に気づいたきっかけは摩和羅女でした。いつの間にか神母女になっていました。あれ?っと思って二十八部衆の名前を丁寧に見ていくと、他にも名前が変わっている仏像がありました。いろいろと研究が進んで本来の名前に戻されたようです。研究者の地味でコツコツとした研究が実を結んだ結果です。研究者の皆さんに敬意を表します。
ちなみに私は初詣のとき以外におみくじを引くことはありません。が、なぜか三十三間堂ではおみくじを引いてしまいました。悩みというほどのことではないのですが、66歳になってこのままでいいのかなと漠然とした不安があったからです。小吉でした。が、書かれていたことに感動しました。「今のままでいいんだよ」という主旨でした。私の漠然とした不安に見事に答えてくれました。これからは自信を持って今のままで行こうと思います。
2025.06.26
2025 奈良京都博物館巡り 08「京都国立博物館」
京都国立博物館の特別展「日本・美のるつぼ」を観てきました。
奈良国立博物館の特別展「超国宝・祈りのかがやき」は仏像が主役という感じでしたが、京都国立博物館の特別展「日本・美のるつぼ」は絵画が主役という感じでした。全体的に江戸時代の作品が多く、鎌倉以前の美術が好きな私としてはちょっと残念でした。
その中での見どころは、建仁寺の風神雷神図屏風でした。やっと本物を見ることができました。
建仁寺の風神雷神図屏風は京都国立博物館で管理しています。建仁寺で見られる風神雷神図屏風はレプリカです。レプリカと言っても、キヤノンの撮影技術とプリント技術をベースに京都の伝統的な技術を加えた高度なレプリカです。何回かこのレプリカを見たことがありますが、本物を見る必要はないのでは?と感じさせるレベルの高いレプリカでした。本物を見るのは今回が初めてでしたが、レプリカと本物を並べて見せられても私にはどちらが本物かわからないしょう。
奈良国立博物館のレストランでカレーをいただきましたが、京都国立博物館でもカレーをいただきました。博物館付属のレストランでいただくカレーはなんか特別感があって格別です。
2025.06.25
2025.06.24
2025 奈良京都博物館巡り 06「現状維持とオリジナル」
新薬師寺について書きましたが、ひとつ書き忘れていました。
新薬師寺の十二神将は奈良時代に作られてから1000年以上たっています。現状維持という形で最低限の修復をしています。が、色は完全に落ちてしまって素材としての土の色が剥き出しになっています。
一方、当時はどのような色だったのかを研究してCGとして復元された映像も同時に展示しています。これは素晴らしい試みだと思います。復元の時にオリジナルの色に戻してしまうとどうしても違和感があります。なんか偽物っぽく見えるはずです。が、偽物と割り切ったCG画像とすることで現状を壊すことなくオリジナルを再現できます。オリジナルと風化した本物を比べることができ、どんどん想像力が膨らんできます。
他の仏像も同じ取り組みをしてオリジナルの色を再現して欲しいと思います。
私がオリジナルを見てみたいと思うものは仏像以外にもたくさんあります。そのうち3つを紹介します。
銀閣寺は、創建当初は黒漆塗りでピアノのような外観だったようです。
奈良の大仏ができたときは、金メッキが施され金ピカに輝いていたそうです。
エジプトのピラミッドは、最初は磨かれた石灰石で覆われ光が当たると光り輝いて見えたそうです。
ちょっとみてみたいと思いませんか。
2025.06.22
2025 奈良京都博物館巡り 05「入江泰吉記念奈良市写真美術館」
新薬師寺を拝観したあとの帰り道、偶然にも入江泰吉記念奈良市写真美術館を見つけました。入江泰吉さんといえば土門拳さんと並んで仏像好きにとっては神のような写真家です。彼らの仏像写真は時として本物以上の迫力を伝えてくれます。当然のようにこの写真美術館に入りました。素晴らしい仏像写真に感動しました。
一方特別展としてある報道写真家の写真展が開催されていました。報道写真や戦場写真を撮るような人は、世の中の現実をいろいろな人に伝えようとする志の高さと正義感を持っていると思います。また時として危険の中に飛び込んでいく勇気のある人たちだと思います。彼らの写真を否定する気は全くありません。
しかし、私は報道写真や戦場写真を見るのは好きではありません。報道写真や戦場写真には、ときとして見るに堪えない描写があるからです。それが現実であることはわかります。が、私はそういった写真を真剣に見てそれを受け止められるほど強い人間ではありません。
以前に行った長崎原爆資料館で、「焼き場に立つ少年」という題の報道写真を見ました。今まで見た写真の中で一番心に突き刺さりました。感動という感情ではなく、トラウマという感情として。
2025.06.20
2025 奈良京都博物館巡り 04「新薬師寺」
新薬師寺は良いです。
薬師如来と薬師如来を囲む十二神将。
実に良いです。
奈良にある他の有名な観光寺院は人で溢れていますが、新薬師寺はいつもガラガラです。暗い小さなお堂に見るべき仏像が全て揃っています。時間を気にせずにいくらでも見ていられます。
薬師如来は国宝です。十二神将のうち波夷羅(ハイラ)以外の11体は国宝です。波夷羅だけは昭和の補作ということで国宝には認定されていません。が、波夷羅も補作とは思えないほど素晴らしいです。十二神将が揃った状態でチームとして国宝にしても何の違和感もありません。
十二神将では伐折羅(バサラ)が一番有名だと思います。アニメなんかでもバサラという名前はよく出てきますよね。確かに実にかっこいいです。今回初めて気づいたのですが、伐折羅は他の十二神将と比べてちょっと作風が違うように見えます。全体的にちょっと小ぶりで顔は小顔で髪はややショートカットです。
十二神将のそれぞれが違う決めポーズをとっているのも印象的です。プロレスラーのパフォーマンスのようです。十二神将は戦う仏様なので、自分の強さをアピールしているのでしょうか。
2025.06.19
2025.06.18
2025 奈良京都博物館巡り 02「仏像館」
奈良国立博物館の超国宝展を見たあとは、博物館内のレストランでカレーをいただきました。12時ちょい前だったので、それほど並ばずに席に座れました。
私は博物館に行ったときはできるだけ博物館内のレストランを利用します。博物館のレストランは意外と美味しいです。
食事が終わったあとは、仏像館に移動しました。仏像好きの私にとって奈良国立博物館の仏像館は聖地です。新館で開催されていた超国宝展は混雑で閉口しました。が、仏像館は空いていてゆっくりと落ち着いて見学できました。やはり仏像はゆっくりと心を落ち着けて見るものだとつくづく思いました。
ちなみに。
奈良国立博物館とか東大寺を見て回るときは、良い靴を履いていくことはお勧めしません。どんなに気をつけても必ず鹿のフンを踏みます。前回の奈良旅行では、おろしたてのお気に入りの靴で思いっきり鹿のフンを踏んでしまいました・・・・。
2025.06.17
2025 奈良京都博物館巡り 01 「奈良国立博物館」
奈良と京都の国立博物館に行ってきました。奈良国立博物館では「超国宝・祈りのかがやき」、京都国立博物館では「日本・美のるつぼ」という特別展が開催されていたからです。大阪国立博物館では「日本国宝展」をやっていたのですが、それには行けませんでした。
最初に奈良国立博物館に行きました。開館の15分前くらいに着いたのですが、どこまで列が続いているのかわからないくらいくらいの行列でした。
奈良国立博物館の特別展は、これだけの国宝を一度に見ることはもう一生ないだろうなと思われるような充実ぶりでした。
法隆寺の百済観音と中宮寺の弥勒菩薩が主役扱いでした。両仏像とも何度も見たことがあるのですが、博物館での展示を見たのは初めてでした。昔は仏像はもともとあったところで見るべきだと思っていました。が、最近は博物館で見る仏像も捨て難いと思うようになりました。博物館の方が明るくて見やすいし、展示の仕方によっては仏像の周りを一周できるからです。
仏像以外にも見るべきものがたくさんあり、大満足でした。
ただ、あの混雑には閉口しました。展示そのものは美しく見やすいように展示されているのですが、人が入りすぎて人が邪魔になって展示物がよく見えないのです。今回の特別展は最初から混雑が予想されていたので、入場制限とか何らかの対策をしていただければありがたかったのですが・・・・。
ここでゲットしたグッズは、図録とクリアファイルでした。
2025.06.16
休日出勤
私は再雇用終了後はパートタイマーとして勤務しております。火水木金と週4日の勤務です。本日は月曜日。本来ならお休みの日ですが、休日出勤をしました。
ここ1ヶ月ほど忙しいです。そうは言っても数十年前の若かった時ほど忙しいわけではありません。なのに疲労の度合いは昔より大きいです。若い頃はスポーツライクな疲れでしたが、最近は精神的な疲れが大きくなってきました。
間違いなく言えるのは、現在の私には昔のような無茶な働き方は絶対にできないということです。
これがトシをとるということなのでしょうか・・・・。
2025.06.15
私の寿命
私は今年で66歳になりました。いろいろな意味で終活のことを考えていかなければならない年齢です。で、私は何歳まで生きることができるのかという話になります。
厚生労働省の発表によりますと、男性の平均寿命は81.09歳となっています。ところが私のような未婚男性に限定すると、平均寿命はなんと67.2歳です。私もあと1年しか生きられないということになります。私もそろそろ覚悟を決めないといけないかもしれません。
が、いろいろ調べているうちに違う考え方による統計があることに気づきました。平均余命という考え方です。例えば65歳まで生きた人はその後何歳まで生きられるかということです。65歳の人の平均余命は84.52歳です。そして65歳未婚男性の平均余命は81.79歳です。
未婚男性だけ見ると、
平均寿命で考えると67.2歳が寿命だけど、
今65歳の人は平均して81.79歳まで生きられる、
ということになります。
これはどういうことかというと、未婚男性は若いうちに病気や事故などで亡くなる人が極めて多いことを示しています。病気や事故を乗り越えて65歳まで生きた人は、あとはそれなりに長生きできてしまうということです。
私は66歳。今までは67歳が寿命なのかなと思っていました。が、82歳くらいまでは生きていられるんじゃないかなというデータも出てきました。
過度に寿命を意識しても意味はありませんが、今後の終活に向けて参考にしようと思います。
2025 仙台遠征 09「いろいろ」
四十数年前、大学時代3年間暮らしたアパートに立ち寄りました。まだありました。いろいろな思いが詰まったアパート、なんかジーンときました。
愛車すいすぽ号、燃費は良いのですがガソリンタンクが37Lと小さいです。遠乗りするたびにガソリンスタンド探しに苦労します。
最近のスマホのカーナビアプリの性能はものすごいです。絶対にカーナビアプリにしたがったほうがいいです。帰りの都内で渋滞がありカーナビを無視して自分の判断で近そうな道を選んだのですが、ひどい目にあいました。
S君の奥様、お菓子をいただきありがとうございました。今回はちょっとしかお話しできませんでしたが、今度お会いするときはゆっくりお話ししましょう。
S君、次にお会いできるのを楽しみにしています。
2025.06.14
2025 仙台遠征 08「東北大学教養部」
東北大学教養部(川内キャンパス)にも行ってきました。工学部も変わっていませんでいたが、教養部も全くといっていいほど変わっていませんでした。食堂がおしゃれになっていたくらいかな。
東北大学は広大な敷地を有していてその大半は緑に包まれています。懐かしい建物の写真を撮ろうとしても必ず緑の木が写り込みます。実に快適なキャンパスです。このような環境で4年間過ごせたのは実に幸せなことでした。講義や研究はさっぱりわかりませんでしたが。
友人が事前に調べてくれた大学構内のちょっとおしゃれなレストランで食事をしました。
なにやら運動会的なものもやっていました。怪しげなコスプレをした学生たちがリレーで走っていました。こういうバカなことを迷わずできる若さが羨ましかったです。
2025.06.13
超・新記録
1ヶ月ほど前、連続腕立て伏せの自己新記録130回を達成したことを書きました。年内には150回くらいできたらいいなと思っていいたのですが、本日連続腕立て伏せ150回を達成してしまいました。130回の記録を一気に20回も上回ったのですから、超のつく新記録です。
66歳にして自己新記録をどんどん更新しています。我ながらすごいと思います。
現在は週に4回のペースで1日100回2セットの腕立て伏せをノルマにしています。調子が良ければ回数を増やす感じです。このペースをこのまま続けようと思います。
問題はお腹です。腕立て伏せをいくら続けてもお腹は引っ込みません。普通の腹筋運動は腰を痛めるので最近はプランクをしているのですが、けっこう頑張っているのに一向にお腹は引っ込みません。
今後はウエスト対策の何らかの運動をしていこうと思います。
2025.06.12
2025 仙台遠征 07「東北大学工学部」
仙台在住の友人と合流し東北大学構内を彷徨きました。その友人とは東北大学工学部で同期でした。共通の思い出がある友人と懐かしい場所を歩くのは楽しかったです。一人では思い出せないような様々なことを思い出すことができました。一緒に歩いてよかったです。
私の研究室がある建物は、四十数年前の在学時と全く変わっていませんでした。工学部が現在の青葉山キャンパスに移転完了したのが1969年らしいのですが、それから一度も建て替えられていないのではないかと思います。だとすれば56年前の建物だということになります。国立大学は貧乏だから建て替えられないのかな・・・・。
あと私の研究室があった建物のすぐ近くには、なぜか実物のタービンが飾ってありました。私の在学にはありませんでした。調べてみたら、東北電力仙台火力発電所2号機で使用された日立製のタービンで、機械系同窓会設立10周年を記念して2006年に設置されたもののようです。こういったものを見ると、工学部出身者として血が騒ぎます。
2025.06.11
2025.06.10
2025 仙台遠征 05「仙台城」
仙台城跡に行ってきました。学生時代に行った覚えはあるのですがそれ以降行った記憶がありません。記憶が正しければ40年以上前のこととなります。
仙台城跡は城跡なので、建物は何もありません。石垣がちょっと残っているくらいです。城としての見どころはほぼないのですが、ここから見る景色は最高です。なぜここに城を建てようと思ったのかがよくわかります。
ここから見える景色でいろいろなことを思い出しました。仙台城跡のすぐ隣には東北大学の植物園があります。また仙台城跡のすぐ目の前には広瀬川が流れています。いずれも大学時代に所属していた野鳥の会でよく歩いたところです。大学1年の時に住んでいた下宿も目の前でした。
仙台城跡そのものの思い出はほとんどありませんでしたが、そこで思い出したことは山のようにありました。
以下おまけ。
この城跡のことをずーっと青葉城跡だと思っていました。が、正式名称は仙台城跡らしいです。正式名称よりも通称のほうが有名なケースってよくありますね。
2025.06.09
2025.06.06
2025 仙台遠征 04「試合」
我が北海道コンサドーレ札幌vs仙台ですが、天気予報通り大雨でした。
試合が始まる前には、「事前に買った席種に関わらず屋根のついている席を使ってください」と運営側からアナウンスがありました。私が事前に買っていた席は屋根がついていなかったので、たいへんありがたいアナウンスでした。アナウンスに従って屋根のついている席に移動しました。
だがしかし。このスタジアムには屋根がついている席はほとんどありません。しかも強風のため屋根があっても雨が吹き込んできます。結局屋根のついている席であるにも関わらずカッパを着ての観戦となりました。
そして試合開始12分後。ついに雷が鳴り始めました。安全確保のため試合は80分中断しました。
土砂降りの中での観戦。
80分の中断を耐えての観戦。
これで負けたら精神的ダメージはハンパなかったです。
実際残り時間5分の時には負けていました。
が、なんとか同点に持ち込めました。
勝てませんでしたが良しとします。
2025.06.05
2025.06.04
2025 仙台遠征 02「放射線量表示」
常磐自動車道を走っていたら、なにやら見慣れない電光表示板を何回も見ました。例の原発事故の起こったあたりです。それは放射線量を表示するモニタリングポストでした。マイクロシーベルト毎時という単位でただただ放射線量の数字を表示するだけのものです。
私はこの高速道路で放射線量を測定して表示する意味が全くわかりません。全く無駄なことをしていると思います。
無駄だと思う理由・その1。
単に数字を出しているだけだからです。例えば放射線量が1マイクロシーベルト毎時と表示されているとします。これが安全な数値なのかどうかわかりますか? 1が危険なのか100が危険なのかなのか10000が危険なのかさっぱりわからないのです。わからない数字を見せられても反応のしようがありません。ただ数字を出しているだけでは全く意味ないです。
無駄だと思う理由・その2。
仮に放射線量が危険な数値だと分かったとします。が、高速道路で放射線量が危険値に達したことを知らされて、どうしろというのでしょう。戻ろうとしても高速道路を逆走するわけには行かないので戻れません。当然ながら高速道路で停車するわけにも行きません。高速道路を降りたところでそこも汚染されているに決まっているので一般道に降りても意味はありません。ということは、いち早くその場を離れるために走り続けるしかないはずです。おそらくほとんどの車が違反覚悟で制限速度を大幅に超えてその場を離れようとするはずです。
これでいいんでしょうかね。
お金をかけるのならもっと違うやり方があると思うんですけどね・・・・。
2025.06.03
2025 仙台遠征 01 「常磐自動車道」
仙台で行われた我が北海道コンサドーレ札幌vs仙台の試合を応援にいきました。
今回は愛車すいすぽ号で行ってきました。24時頃に出発して休み休みしながら徹夜で走りました。
今回は常磐自動車道を使いました。常磐道は福島あたりで東北自動車道に合流するものだと思っていましたが、仙台まで直通で行けるようになっていました。
常磐自動車道は空いていて快適なのですが、問題点がふたつあります。
ひとつは道幅です。宮城県に入ったあたりからほぼ片側1車線通行なのです。時速100kmくらいのスピードで1車線の道を走るのはけっこう怖いです。しかも対面通行なので、対向車も100kmで走ってきます。相対速度200kmです。常に逆走車が走ってくるように感じで恐ろしいことこの上ないです。常磐自動車道はローカルな自動車専用道路ではなく幹線道路なので、全線片側2車線で作って欲しかったです。
もうひとつの問題はPA(パーキングエリア)やSA(サービスエリア)の設置間隔です。東北自動車道や東名自動車道よりも明らかにPAやSAが少ないです。いくら走ってもなかなかPAやSAに辿り着けないので、トイレに行きたいときは慌てます。
仙台まで行くのなら、多少の混雑を覚悟すれば東北自動車道の方がトータルとして快適に走れそうです。
2025.06.02
本日の出来事・通院編
本日2つの病院をハシゴしてきました。
私はいくつか持病を持っています。体質的なこともあり一生完治せず薬を飲み続けなければならないものもあります。まあどの持病も命にかかわるとか毎日つらくてしょうがないとかいった病気ではないので、薬を飲みながら一生病気と付き合うことはやむを得ないのかなと思っています。
だがしかし。最近ふたつの持病の症状がちょっと悪化気味です。いずれもアレルギー系の病気です。主治医に聞いたところ、アレルギー系の病気には波があり体調そのものにも波がある。この波が運悪く重なると症状が悪化することがあるとのことでした。アレルギー系の波は薬でなんとかするしかないが体調の波は生活習慣を改善することでなんとかなる可能性があるとのことでした。
そして生活習慣を正すように指導を受けました。これが一番難しいです。何をどう正したらいいのかさっぱりわかりません。休みの日の前日は夜更かし気味なのですが、まずはそういったところから改善していかないとダメかもしれません。このトシになって数十年習慣となっていることを直していくのは意外とつらいです・・・・。
本日の出来事・年金編
本日年金事務所に行ってきました。
65歳から年金受給できますが、私は繰下げを選択しました。すなわち現在は年金受給の資格があるのに受給していない状態です。で、どのタイミングで年金をもらうか考えていました。
今まではずっと後でいいやと思っていたのですが、思うところがあってそろそろ年金をもらおうと考えました。本日はいろいろな疑問点をクリアにするための相談に行ってきたのです。
大体のことはわかりました。もう少ししっかり考えて受給のタイミングを決めようと思います。






































































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